眠れない時、合コンで悩んだ時、そんな時に読みたい本。

心理学

興奮度★★★★

この記事のポイント。

夜眠れない。こんな悩みをよくお聞きすることがあります。しかし、なかなか眠れなくても「眠れなかったら眠れないでいいやー」くらいで考えている人もいます。

つまり、ある人は「眠れない」ことに、加藤(2013)の言う「不当な重要性」を与えています。そして、ある人は「眠れない」ことに「不当な重要性」を与えていません。

合コンも同じです。相手が不機嫌で退屈そうだと、その態度に大きな影響を受けてしまう。実は誰も悪くありません。ただ、自分が周囲の態度に「不当な重要性」を与えてしまっているだけなのです。

自分が何かに「不当な重要性」を与えてしまっていると気づいた時、それは自分を知るチャンスです。「なぜだろう」と考えることが大切な気がします。合コンで悩んだ時の一冊です。

▼本文はここからです。

なぜ眠れないのか。

夜眠れない。寝つきが悪い。何度も起きてしまう。今夜も眠れないのではないかと不安になる。睡眠に関する悩みはとても多いですよね。

そんな時に、「直ぐに眠れるようになる方法」を教えてくれる訳ではなく、「なぜ眠れないのか、そして、なぜそのことが不当に重要になってしまうのか」ということとじっくり向き合ってみましょう。と加藤諦三先生が背中を押してくれる一冊だと思います。

タイトルにもある通り、眠れないということを「心の問題」として考えていきます。ちなみに、「心の問題」と聞くと皆さんはどういった感じがするでしょうか。自分とは全く関係ないと感じる人もいるだろうし、ちょっと心当たりがあったり、とても心当たりがあったりと、感じ方は人それぞれだと思います。

僕自身は、自分自身「心に問題がある」と思っています。言い方を少し変えると、無意識に葛藤を抱えている…んだろうなきっと。という感じです。しかし、そのことを特に気にしてはいません。「あっ、やっぱり心に葛藤あるよねー」「どうにもいかんなー」というように自分で感じています。

もちろん、そのことを威張る訳ではありません。大きくも考え過ぎず、小さくも考えすぎず、「心に葛藤があるのでは」ということを、シンプルに認めています。そして、少しずつ変わっていけるように努力しています。これは、この本に出てくる加藤諦三先生の言葉で言えば、心に問題があるということに、「不当な重要性」を与えていない。ということになるのではないかなと思います。

自分は何に「不当な重要性」を与えているのか。

この本に繰り返し出てくる、この「不当な重要性」という概念を知ることは、完璧でない自分が、人生を楽しく生きていくために、とても役に立つと思います。

この本のタイトルである「眠れない」ということで考えてみます。この本に何度も出てきますが、「眠れない」ということで悩んでいない人、つまりよく眠れる人でも、なかなか眠れない日や、夜中に何回も起きてしまう時、というのは絶対あるんです。しかし、よく眠れる人は、そのことを気にしていません。

寝つきが悪かったり、なかなか眠れなかったとしても、「眠れなかったら眠れないでいいやー」くらいで考えています。つまり、「眠れない」ということに、不当な重要性を与えていないんです。

人前で話す時に、顔が赤くなってしまうことを恐れる赤面恐怖症でもそうなのだと思います。赤面恐怖症でない人でも、人前で話したりする時や好きな人の前で話す時は顔が赤くなります。緊張もします。上手く喋れなくなってしまう時もあります。ただ、顔が赤くなることや緊張すること、上手く喋れないことに、不当な重要性を与えていないんです。

なぜ「不当な重要性」を与えてしまうのか。

では、なぜある人は眠れないことや顔が赤くなることに「不当な重要性」を与えてしまい、なぜある人は「不当な重要性」を与えないのか。それは、表面的な問題なのではなく、もしかしたら、自分の無意識に何かしらの葛藤を抱えているのかもしれません。

そして、もしも無意識に問題を抱えているのであれば、それにはそうなることが自然な理由が、どこかにあるのだと思います。この本をじっくり読むことで、「そんなもんかなー」くらいの感覚でぼんやり、少しずつ見えてくるのではないかなと思います。

個人的には、無意識に葛藤を抱えているかいないかは、そんなに重要ではないと考えています。もちろん、葛藤を抱えていないのがベストではあると思います。けれど、何事も自分の思い通りにはいかないものです。夢で見たい内容をコントロールすることが出来ないように、自分の無意識をコントロールすることは出来ません。変えられないものは受け入れていくしかありませんよね。

何かが欠けている自分、理想と全然違う自分、弱い自分、思ったように眠れない自分、直ぐに赤面してしまう自分… その自分を、まずは認めてあげましょう。許してあげましょう。そこが全てのスタートな気がします。この本を読み、じっくりと自分の心の深層と向き合ってみることは、そのきっかけの一つになるのではないかなと思います。

合コンと「不当な重要性」。

更に、僕が感じたのは、この「不当な重要性」ということは、合コンにも通じるということです。合コンで、自分が持っていないものや自分の理想の姿に「不当な重要性」を与えてはいないでしょうか。

例えば「話術」です。男性から、もっと話術があればとか、もっと上手く話せればとか、面白い話が出来ればとか、話術がないから… というようなことを、お聞きすることがあります。確かに話が面白い人はモテる傾向にあると思います。つまらない話よりは面白い話のほうが望ましいですよね。

けれど、女性の方は、そこまでの「話術」を合コンでは求めてはいない、というのが本当のところなのではないでしょうか。面白い話をしてくれる男性と、話を聞いてくれて自分を理解しよう頑張ってくれる男性がいたとしたら、僕は後者のほうがモテるのではないかなと思います。

もちろん、人それぞれなので、「絶対に話が面白い人が良い」という方もいるはずです。つまり、結局は相手次第なのです。その程度のことが「合コンにおける話術」なのだと思います。その話術に、不当な重要性を与えるのも与えないのも自分次第なのです。

また、合コンで相手の人が退屈そうにしている時、「つまらないのかな…」「全然興味ないのかな…」と、その態度に大きな影響を受けてしまう時もあったりしますよね。自分が相手の態度に「不当な重要性」を与えてしまう訳です。このことも、自分の問題として捉えてみると、また違う景色が見えてくるのではないでしょうか。

そもそも、なぜ相手は常に楽しそうにしていなければならないのでしょうか。相手が不機嫌にしていて、なぜそれが悪いのでしょうか。相手が怒っていて、そのことで、なぜ自分が影響を受けてしまうのでしょうか。もしかしたら、「常に機嫌よく」「常にニコニコと」ということを、自分が相手に求め過ぎているのかもしれません。周りの人みんなが常にニコニコ、そして常に機嫌が良いなんてことは現実にはなかなかないですよね。周囲の態度そのものが問題なのではなく、自分が周囲の態度に「不当な重要性」を与えてしまっているだけなのです。

自分を知るチャンス。

このように、合コンで、もし自分が何かに「不当な重要性」を与えてしまっていると気づいた時、それは自分を知るチャンスなのだと思います。自分を責めるのでもなく、他人を責めるのではなく、「なぜだろう」と考えてみることが大切な気がします。「なぜ自分は、そのことにそこまでのものを求めているのだろう」「なぜそのことに、不当な重要性を与えてしまっているのだろう」と自分に問いかけていく訳です。そうすることで、少しずつ自分をより深く理解することができるようになるのだと思います。

普通なら出来るはずなのに、なぜかそのことが自然にできない。それは、無意識に何かしらの葛藤を抱えているのかもしれません。けど、今はそれでいいのではないのかなと思います。まずは許す、認める。そして、ゆっくりと時間をかけて自己分析していくことが大切なのではないでしょうか。 この本と合コンで、皆さまの人生が更に豊かになることを願っています。

加藤諦三(2013)『眠れない人のための心理学』kindle版(2012年刊行本が底本・2019年ダウンロード),PHP研究所

コメント

タイトルとURLをコピーしました