合コンで尽くしてしまう人のための本。

心理学

今日は、『人生の悲劇は「よい子」に始まる:見せかけの性格が抱える問題』(加藤諦三,PHP研究所)を参考に、合コンでの「よい子」について書いてみます。

興奮度★★★


イイ女?とは。

ある女の子がいました。彼女が5歳の頃、弟が生まれました。彼女は以前ほどかまってもらえなくなります。彼女は父親の愛情と注意を取り戻すために、かんしゃくを起こしたり、か弱い女の子になってみたり… 色々なことを試します。

しかし、どれも効果はありません。彼女は作戦を変え、お手伝いをするよい子になりました。すると、父親は彼女に微笑みかけてくれるようになりました。

これは、『人生の悲劇は「よい子」に始まる:見せかけの性格が抱える問題』(加藤諦三,PHP研究所)の18ページで紹介されている、イレーネという女性が「よい子」になるプロセスです。

その後もイレーネは「よい子」の行動パターンを変えることができずに成長していきます。そして、男に奉仕する女性となります。男性に恋をすると、とにかく尽くします。彼に対して、わがままを言うことはありません。

やがて二人は別れます。そして、彼女は彼の夢を見ます。夢の中の彼女は、彼のことを憎んでいました。嫌われることを恐れ、直接表現できなかった「怒り」や「憎しみ」が彼女の中には渦巻いていたわけです。

彼女はまた新しい男に出会います。そして、彼を満足させることを誓い、彼のために頑張ります。彼女は、自ら進んで「不幸」になっていきます。他人を食い物にする人達のもとへ、自ら喜んで向かっていきます。「役に立たなければ捨てられる」小さい頃の父親との関係が彼女の一生を決めてしまいます。

精神的死から始まる人生。

加藤(1994)は、このような人の困ったところは、「役に立ち「さえ」すれば相手に気に入られる」という確信を持ってしまっているところだと言います。そして、25ページで、アメリカの心理学者マズローの、次のような主張を紹介しています。

子供は自分自身の喜ばしい経験と、他人からの是認の経験とどちらを選ぶかという時には、たいてい他人からの是認を選ぶ。そして自分の喜びの感情は殺す、あるいは目をそらす。小さい子にとって、周囲の人の心を失うほど恐ろしい事はないからだ。そしてそれらの子供は人知れず精神的死をもって人生が始まる。

加藤諦三(1994)『人生の悲劇は「よい子」に始まる:見せかけの性格が抱える問題』PHP研究所,p.25

小さい頃の周囲の環境、その環境を子供は選ぶことはできません。怒りっぽい親もいれば、寛大な親もいます。やさしい親もいれば、やさしくない親もいます。情緒が成熟した親もいれば、情緒が未成熟な親もいます。子供に関心を持つ親もいれば、子供に関心を持ってもらいたい親もいます。

親を選ぶことはできません。子供は、自らに与えられた環境で育っていくしかありません。すると、その環境に適応していく必要があります。

つまらないものにはつまらないと言い、好き勝手にわがままを言い、泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑う… 「ありのまま」の自分でいられた人は幸せです。「ありのままの自分で受け入れられる」と感じられた人は幸せです。

しかし、「よい子」でなければ受け入れられないと感じて育つ人もいます。つまらないものにつまらないと言うと親が不機嫌になる。好き勝手にわがままを言うと、親のため息が聞こえる。泣きたい時に泣くと、親は嫌そうな顔をする。そして、楽しいから笑うのではなく、親を喜ばせるために笑う。

このように、「よい子」でなければならなかった人と、「よい子」である必要がなかった人の人生は、天と地ほど違います。大人になった二人を外から見れば、二人とも立派な社会人です。しかし、心の中は全然違います。

「よい子」である必要がなかった人は、大人になってからも引き続き、「ありのまま」の自分で生きていくことができます。実際の自分の感じ方、やりたいこと、好きなもの、好きな人… 自分の心の声に従っていくことで、人生が行き詰まることはありません。もちろん、沢山の苦労もあるし、努力もします。

一方、「よい子」でなければならなかった人はどうでしょうか。そのまま生きていくと、間違いなく始めに書いたイレーネのようになります。気に入られるために、「よい人」であるように努力します。恋愛でも、職場でも、家庭でも。しかし、これではどこまでいっても幸せになれません。「自分」のない人生だからです。

ボタンのかけ違えている自分。

結局のところ、どれだけ人に好かれても、どれだけ人に「よい人」だと思われても、どれだけ周囲の人に気に入られても、幸せにもなれなければ、自信もつきません。他人に依存してしまっているからです。加藤(1994)は言います。

親との関係は洋服の一番上のボタンのようなものである。このボタンをかけ違えるとつぎつぎに間違ってボタンをかけていくことになる。親との関係が神経症的であったものは恋人との関係も間違える。

加藤諦三(1994)『人生の悲劇は「よい子」に始まる:見せかけの性格が抱える問題』PHP研究所,p.214

つまり、「よい子」そして「よい人」に育ってしまった人が、「自分」のある人生を歩むためには、一度親との関係を見直す必要があるということです。自分はなぜ「よい人」にならなければならないと感じてしまっているのか。どこかで、「よい子」でなければ受け入れられないと感じてしまった自分がいるはずです。

「ダメ男を好きになってしまう」「付き合った人がダメ男だらけ」合コンでよくお聞きします。それには、そうなるだけの理由があります。ボタンをかけ違えてしまった自分が悪いのではありません。そして、「理想」でない親が悪いわけでもありません。

大切なことは、ボタンのかけ違えている自分に気づくこと。ボタンのかけ違えている自分を許してあげること。ボタンのかけ違えている自分を、ボタンのかけ違えていない自分へと少しずつ変えていくことです。

合コンで「よい人」になり過ぎている時に読みたい一冊です。本には人生を豊かにする力があり、合コンにも人生を豊かにする力があります。この本と合コンで、皆さまの人生が更に豊かになることを願っています。

【引用・参考文献】
加藤諦三(1994)『人生の悲劇は「よい子」に始まる:見せかけの性格が抱える問題』PHP研究所


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これまでに4000件以上の合コンをセッティングし、4000件以上の合コンを見てきました。
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