合コンと出会い。自分の中にいる「知らない自分」その3。コンプレックス。

その他

コンプレックスとは自分の中にいる他人のようなもの(河合,2018)です。合コンでの「自分の中にいる他人」や「他人の中にいる自分」について書いてみました。

コンプレックス。

先日書いた、
「合コンと出会い。自分の中にいる「知らない自分」その1。内向型と外向型。」
「合コンと出会い。自分の中にいる「知らない自分」その2。思考、感情、感覚、直観。」
では、合コンで大切なこととして、「自分の中に「知らない自分」がいる」ということを知っていることが大切と書きました。

今回の記事では、「自分の中にいる他人」について取り上げてみたいと思います。結論を先に言います。合コンでは、「自分の中にいる他人」の存在を知っていることが大切です。

コンプレックスという言葉は割と普通に使いますよね。「わたしは、容姿にコンプレックスがある」とか、「わたしは、学歴にコンプレックスがある」というように使われたりします。ちなみに、コンプレックスという言葉を、現在のように使い始めたのがユング心理学の創始者であるC.G.ユングです。

では、コンプレックスとは何か。『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 (河合俊雄,NHK出版)によれば、「無意識内に存在して、何らかの感情によって結ばれている心的内容の集まり」「統合性をもつ自我の働きを乱すもの」これがコンプレックスになります。

少し噛みくだいてみましょう。まず、コンプレックスは無意識に存在しています。つまり、自分では「意識できない」ということです。自分では「意識できないモノ」がなんらかの感情で結ばれている。この、感情で結ばれた「意識できないモノの集合体」をコンプレックスと呼んでいるわけです。

ということは、冒頭で書いた「わたしは、容姿にコンプレックスがある」や、「わたしは、学歴にコンプレックスがある」という使い方は間違っているということです。自分で自分の「コンプレックス」を意識し「認めること」ができているからです。自分で「意識できない」、自分で「認められていない」、だからこそ、コンプレックスなのです。

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版,p.31

もう少し噛みくだいてみましょう。上記のように、意識の中心が自我です。仕事に時間通り行くことや、食事を食べること、合コンに行くこと、真面目ときどき不真面目な性格、… 意識は全て自我がコントロールしています。この自我が統合性を持っているからこそ、「その人」であることができます。

ちょっとわかりにくいですよね。逆を考えてみるとわかりやすくなります。自我が統合性を持っていない場合です。好き嫌いや性格、考え方や感じ方、話し方や服装… この全てが毎日変わってしまっていたら、とても友達にはなれないですよね。自我が統合性を持っているからこそ、社会生活を円滑に行うことができています。コンプレックスは、この「自我の統合性という働き」を乱すことがある訳です。

料理コンプレックス。

例を見てみましょう。『コンプレックス』(河合隼雄,岩波書店)には、「料理コンプレックス」の女性の例が載っています。要約してみます。

ある女性が最近職場に移ってきた同僚に強い嫌悪感を抱きます。仕事の仕方を注意しようとすると声が出なくなり、顔を見るのも嫌になります。頭も重くなり、毎朝出勤するのも辛くなります。どこが嫌いなのかを話しているうちに、同僚が「料理を作り友人を招待することが好き」という話になると、その女性は大変な勢いで料理をつくることの馬鹿げていることを攻撃し始めます。「料理をつくるのは男女平等にすべきだ」、「美味しい料理が食べたければ料亭に行くべきだ」、「素人のくせに料理上手などと言っているのは偽物だ」、「男性に対抗するだけの能力が他にないから料理なんてするのだろう」というように、まるで「別人」のように勢いよく、無茶苦茶に話をしたそうです。体調が悪く、会社に出勤するのも辛い人がです。

河合隼雄(1971)『コンプレックス』岩波書店,pp26-28を要約

この時、彼女の自我はコンプレックスによって動かされていたということになります。料理に関する羨望や嫌悪感という様々な感情が心の中で一つのまとまりになり、結果として彼女の強い言葉が出てきているんです。

この女性の例で言えば、女性が料理が「下手」か「上手」かということとコンプレックスとは関係がないことも面白いところです。

数学コンプレックス。

別のケースで見てみましょう。英語が全然出来ないAという高校生がいたとします。Aは英語ができないことを自分で認めているし、特に気にしていません。しかし、ある友達Bがこう言います。「Cは数学のテストで今回も満点だったらしいぞ!」

それを聞いたAは、腹が立つようなイライラするような何とも言えない感情が自分の中に生じるのを感じます。そして、「別に数学ができなくたって生きていけるだろ!」「数学が一体何の役に立つっていうんだ!」と友達に怒りだしてしまいます。ちなみに、Aは英語より数学のほうが良い点数をとっています。

この場合、Aは、英語に対してはコンプレックスを持っていませんが、数学に対してコンプレックスを持っていることがわかります。

このような経験は誰しも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。友達が結婚したという話を聞いても全然気にならないのに、「出世」した友達についてみんなが話しているのを聞いていると何故かイライラし、「出世なんかくだらない」と思ってしまう。自分が友達の半分の年収でも全然気にならないのに、話題が「身長」のことになると妙にムキになってしまう。前者が「出世コンプレックス」で、後者が「身長コンプレックス」ですね。

コンプレックスとは自分の中にいる他人。

自分の中に間違いなく存在しているのだけれど、自分では「意識できないモノ」がなんらかの感情で結ばれている。そこが刺激されると、「自我の統合性という働き」を乱す。だから、コンプレックスが刺激されると、まるで「別人」のようになってしまうんです。

この傾向がより強くなっていった状態が、二重人格です。ナナリー・ジョンソン監督の『イヴの三つの顔』は実話の多重人格の症例である、イヴ・ホワイトとイヴ・ブラックを取り上げた映画として有名です。ざっくり説明すると、イヴ・ホワイトは地味で慎み深く、声も穏和で陰気です。その彼女の中に、派手好みで、粗野で、陽気という全く正反対の性格のイヴ・ブラックがいます。一人の中に性格の真逆な二人の女性が存在しているのです(後にもう一人登場します)。イヴ・ホワイトの記憶がない時にイヴ・ブラックが派手な服を買ったり、街のクラブで男を誘ったりします。

簡単に言えば、コンプレックスの力が強くなり過ぎてしまい、自我を乗っ取ってしまう。これが二重人格です。『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 (河合俊雄,NHK出版)によれば、コンプレックスは「ある程度の自律性をもち、自我の統制に服さない」といいます。そして次のように続きます。

コンプレックスとは自分の中にいる他人のようなものなのです。

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版,p.32

そうなんです。この記事で取り上げた「自分の中にいる他人」とは、コンプレックスのことを指しています。自分の中にあるのだけれど、「自我」の言うことを聞かない存在であるコンプレックス。このコンプレックスこそが、「自分の中にいる他人」なんです。

もう少し掘り下げてみましょう。コンプレックスは「自我」の言うことを聞かない存在です。そして、そのコンプレックスが力を持ち過ぎた状態が二重人格でした。二重人格になってしまうと、普通の社会生活を送ることは難しくなりますよね。そのため、「自我」をコンプレックスから守る必要が出てきます。

投影。他人の中にいる自分。

コンプレックスから自分を守るために「自我」が行うことの一つに「投影」というものがあります。「投影」とは、ざっくり言えば、自分の中にある「自分の認めたくない部分」を、他人の中に押しつける心の働きを言います。言い換えると、「他人の中にいる自分」です。

自分の中にあるコンプレックスを他人に「投影」することができれば、「自我」はひとまずは存在を脅かされずに済みます。例えば、無茶苦茶「ケチ」な人がいます。しかし、自分の「ケチ」さは棚に上げて、「あいつはケチな奴だ!」「セコい人ばっかりだ!」と他人や世の中を非難します。実はケチでセコいのは「自分」なのですが、「投影」している限り、そのことに本人は気づきません。

しかし、この時に「自分の中の他人」や、「他人の中にいる自分」について知っているとどうでしょうか。「ったく、ケチだなー…… いや待てよ。もしかして自分のコンプレックスを投影しているだけか…。」となる可能性が出てきます。すると、「ケチなの俺じゃん!ガッデム!」と、自分のコンプレックスと向き合うことができるようになります。

「あいつはー」と思っていたことが、実は他人の中に見出した自分自身のコンプレックスであると気づき、それと対峙することができれば、コンプレックスとうまく付き合っていく方法を会得し、それまで敵対していた人と、良きライバルとして建設的な関係を築いていくことも可能[…]これが「投影のひきもどし」と呼ばれるものです。

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版,p.33

合コンでは、「なかったよねー」と、ついつい相手を酷評してしまいがちです。しかし、その時に、「自分の中にいる他人」や、「他人の中にいる自分」の存在も忘れてはいけません。

妙に腹が立つ相手や、相手の言動や行動に何故かイライラしてしまった時、もしかしたら、「自分の中の他人」をその相手に「投影」しているだけかもしれません。「嫌いな人」「ムカムカする相手」こそが「自分の中の他人」なのかもしれないんです。

合コンで、「自分の中の他人」を「投影」していれば、その時は楽です。なぜなら、悪いのは常に相手であり自分ではないからです。しかし、そこに成長はありません。

「自分の中の他人」と向き合うことには大きなエネルギーを必要とします。「投影」していたものを自分に「ひきもどす」ことは、辛いものです。しかし、だからこそ大きく成長することができます。

孤独な修行をするよりは、[…]嫌いな同僚と争い、あるいはライバル同志のなかに芽生える友情に驚きなどしてゆくほうがはるかにコンプレックスの解消につながる場合が多いのである。

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版,p.34

このように、コンプレックスを解消するためには、自ら積極的にコンプレックスと向き合うことが大切になります。それは、嫌いな人と争うことの場合もあるし、苦手な人と協力することでもあります。

合コンとコンプレックス。

また、河合俊雄(2018)は、コンプレックスは自我の統制下にはないので、ひとり悶々と考えていても変化を起こすことは無いと述べています。このことからも、合コンに参加すること、嫌いな人や苦手な人と出会うということが、どれだけ大切なことかがわかりますよね。一人で考えていても何も始まりません。

誰しも無意識内に無数のコンプレックスをもっています。そのうちのどれかが悩みや問題として顕在化する誘因も、それを克服する機会も"外界"との関わりの中にあります。これがコンプレックスとは自分の中の他人であり、また否定的にみなしている他人の中に見出される自分自身でもあることのおもしろさだと思います。

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版,pp.34-35

コンプレックスのない人はいません。誰もがそれぞれのコンプレックスを抱えながら生きています。しかし、一人で「自分のコンプレックスはなにか」、「自分とはなにか」、「自分らしくありたい」、と考えているだけではダメです。

まず、外界と積極的に関わっていくことです。そしてその中で、「他人の中にいる自分」や、「自分の中にいる他人」と、多くの出会いや争い事を経験していくこと、自分のコンプレックスと向き合っていくことが大切です。

素敵なパートナーと出会える合コンは最高です。しかし、例え素敵なパートナーと巡り会えなかったとしても、「他人の中にいる自分」や、「自分の中にいる他人」と出会えたのだとしたら、その合コンには大きな意味があるのではないでしょうか。

さて、今回の記事では、「自分の中にいる他人」である「コンプレックス」について取り上げてみました。結論は変わりません。合コンでは、「自分の中にいる他人」の存在を知っていることが大切です。

合コンにも人生を豊かにする力があります。合コンで、皆さまの人生が更に豊かになることを願っています。

【引用・参考文献】
ナナリー・ジョンソン(1957)『イブの三つの顔』

河合俊雄(2018)『NHK 100分 de 名著 河合隼雄スペシャル:こころの構造を探る』 NHK出版

河合隼雄(1971)『コンプレックス』岩波書店

河合隼雄(1977)『無意識の構造』中央公論新社

河合隼雄(1994)『ユング心理学入門:河合隼雄著作集第1巻』岩波書店

福島哲夫(2009)『面白くてよくわかる!ユング心理学』アスペクト

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これまでに4000件以上の合コンをセッティングし、4000件以上の合コンを見てきました。
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