最高の合コン、その帰り道に読みたい本。

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この記事のポイント。

ろくでなしで人殺しの我王。優秀、誠実、努力家の茜丸。二人とも仏像を彫ることが得意です。時が経ち、我王は完全な乞食になり、茜丸は成功していきます。更に時が経ち、我王は人や動物に慕われる存在になります。茜丸は権力にしがみつきます。そして、ある人の腕を切り落とします。

「自分である」ことに少しずつ近づいていったのが我王であり、「自分である」ことから少しずつ遠ざかっていってしまったのが茜丸なのだと思います。

見た目、肩書き… 目に見えるもので人を判断することは簡単です。しかし、その人がどれだけ「自分である」のかは簡単には分かりません。合コンの帰り道に読みたい一冊です。

▼本文はここからです。

ろくでなしと優秀な人。

我王と茜丸という二人を主人公としてこの話は進んでいきます。我王は生まれて直ぐに怪我をして片目片腕がありません。そして、人殺しのろくでなしです。一方の茜丸は優秀な仏師です。この二人の人生が交錯しながら話が進んでいき、生きるとは何か、生とは何か、死とは何か、ということを考えさせられる壮大な漫画です。

ろくでなしの人殺しである我王には、唯一、仏像を彫る才能、鬼瓦を作る才能があります。一方の茜丸は、優秀、誠実、努力家であり、どんな逆境にも負けません。我王に理由も無く片腕を切りつけられ、思うように彫ることができなくなってもめげません。まだ片腕があるありがたさに気づき、そこから血の滲む努力をします。そして、権力者からの無理難題も努力で切り抜けていきます。

権力者に気に入られた茜丸は、大仏の建造を任されるようになり、権力者に近い存在になっていきます。一方の我王は、完全な乞食です。しかし、各地の人や動物にまで慕われる存在となっていきます。そして、茜丸と我王の二人が鬼瓦を作る勝負をすることになり、茜丸が我王の腕を切り落とすという結果となります。

「自分である」 ことに近づく生き方と、遠ざかる生き方。

僕が感じたのは、「自分である」ということに少しずつ長い時間をかけて近づいていったのが我王であり、「自分である」ということから少しずつ長い時間をかけて遠ざかっていってしまったのが茜丸、なのだと思います。何が良いか、何が悪いか、ということは簡単には決められないですよね。優秀で非の打ち所がないような人でも、もしかしたら茜丸のようになってしまうかもしれません。逆に、どうしようもないろくでなしが、我王のように人だけでなく動物にまで慕われる存在となるかもしれません。

優等生が悪いわけでも良いわけでもなければ、問題児が悪いわけでも良いわけでもないのだと思います。ましてや、若い時が悪かったから時間が経ってから、良い人になるわけでもありません。大切なのは、「自分である」ということなのだと思います。「自分である」ということに近づいているのであれば、その生き方は間違いないだろうし、もし、「自分である」ということから遠ざかってしまっているとすれば、その生き方は、どこか間違っているのかもしれません。

最善のすすめ。

最高のパートナーを探す合コンも楽しいと思います。最高のパートナーに出会えたらテンション上がりますよね。しかし、人生という長い目で見た時には、最善のパートナーに出会えることが一番の幸せなような気がしています。では、最高ではないけど、自分にとって最善であるパートナーとはどのような人なのか。それは、「自分である」ことが出来るパートナーのことだと思います。

服装や見た目、身長や体型、肩書き、目に見えるもので人を判断することはとても簡単です。しかし、その人がどれだけ「自分である」のかということは簡単には分かりません。何が良いかなんて簡単には分からないと改めて考えさせられる一冊です。この本と合コンで、皆さまの人生が更に豊かになることを願っています。

【引用・参考文献】
手塚治虫(2018)『火の鳥 4:鳳凰編』KADOKAWA

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