合コンで撃沈した時に読む本。

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この記事のポイント。

「さよなら」とサトイモ。どれだけ頑張ってもダメな時はダメです。それは悲しいし辛いことでもあります。けれど、だからこそ新しい出会いが始まります。

もし自分がサトイモだったら、サラダ界では「ヌルヌルし過ぎ!」と永久追放です。しかし、煮物界では「味の染み込み方半端ないっす」と完全に重鎮です。サラダ界が悪い訳でも煮物界が良い訳でもありません。そして、サトイモが良い訳でも悪い訳でもありません。

そのままでいいんです。サトイモはヌルヌルな自分を知っているからこそ、サラダ界に「さよなら」することができます。合コンで撃沈した時の本です。

▼本文はここからです。

「さよなら」のイメージ。

「さよなら」ということについて、改めて考えるきっかけをくれる一冊です。「さよなら」と聞くと、何か悲しいような出来れば避けたい… というような感覚を抱きます。もし自分が、ある人とお付き合いしていたり、ある人と結婚していたりしたら、「さよなら」はできる限り避けたいし、自分からは言いたくないようなイメージがあります。

それはなぜなのか。この本を読んでわかった気がします。それは「さよなら」の一面しか理解できていないからなのかもしれません。例えば恋愛での「さよなら」を考えてみます。お互いが好きで付き合ったけれど、どうにもうまくいかない時や、ずっとうまくいっていたのに急に上手くいかなくなる時、なんかしっくりこない時、自分や相手に好きな人ができた時… 「さよなら」をしなければなりません。

言われるのも辛ければ、言うのも辛いですよね。お互いが心底嫌いになってしまっていれば別なのかもしれませんが、やはり「さよなら」には、言う側にも言われる側にも大きなダメージがあります。かと言って、「さよなら」しない状況も辛い訳です。

「さよなら」を先延ばしすることは可能です。そして、短期的に見るとそれはとても楽だったりします。相手も自分も辛い思いをしなくて済むからです。しかし、長い目で見るとこれが一番よくありません。結局、自分に嘘をつき続けることはできないんですよね。心の底ではラーメンが食べたいのに、お寿司を食べ続けていても楽しくありません。何かしっくりこないはずです。

「さよなら」があるから「はじまり」がある。

このように、出来れば直面したくないモノ。それが「さよなら」のような気がします。しかし、「さよなら」を別の視点から見てみれば、長所も「さよなら」にはあることがわかります。例えば、「さよなら」があるからこそ「はじまり」がある訳です。誰でも間違えることはあるし、自分も相手も完璧ではありません。完璧でない二人が一緒にいれば、上手くいかないこともあります。お互いが頑張ってもダメなのであれば、「さよなら」するしかないんですよね。

逆を言えば、「さよなら」をしなければ、いつまでも「はじまれない」ことになるのです。芽が出て、立派に育ち、花が咲き、種を作り、枯れる。終わりがあるからこそはじまりがあります。確かに「さよなら」は辛いものであることが多いように思います。しかし、苦い経験だからこそ成長できることも多いのではないかなと思います。

「さよなら」が無ければ、悲しい思いも辛い思いもせずにすみます。しかし、新しいモノは生まれてきません。新しい世界は始まりません。唯川恵さんが言うように、「さよならの知ってるたくさんのこと」をしっかりと理解していれば、無駄に「さよなら」を恐れてしまうことはなくなるような気がしています。それは、しなやかに生きることにつながるのだと思います。

合コンで撃沈した時。

そして、この先「さよなら」に直面しどうにも辛くなった時、合コンであっさり撃沈し落ち込んでいる時… は、是非この本を手にとってください。そして、29.30ページを開いてみてください。そこにはこう書かれています。

確かに、彼女たちは彼に愛されなかった。でも、それは彼女たちが悪かったのではありません。だから、自分を責める必要なんてまったくないのです。[……]あなたは彼に受け入れられなかったかもしれないけれど、この世のすべての人に受け入れられなかったわけではないのです。彼の判断は、神の審判ではないのです。[……]愛されなかったことを、卑屈に思わないで。(唯川,2001,pp.29-30)

「さよなら」とサトイモ。

女性に向けて書かれていますが、男である僕にもとても響きました。どれだけ頑張ってもダメな時はダメです。それは悲しいし辛いことでもあります。けれど、だからこそ新しい出会いがはじまるのです。もし自分がサトイモだったとしたら、サラダ界からは永久追放されるはずです。「ヌルヌルしてんじゃねーよ」とね。しかし、煮物界では「味の染み込み方半端ないっす」と完全に重鎮です。サラダ界が悪い訳でもなければ、煮物界が良い訳でもありません。そして、サトイモが悪い訳でもありません。

サトイモはサトイモのまま、ヌルヌルしていていいのです。そして、自分を知っているからこそ、サラダ界を捨て、煮物界を自ら選び煮物界で生きていく決断をすること出来るのではないでしょうか。本には人生を豊かにする力があり、合コンにも人生を豊かにする力があります。この本と合コンで、皆さまの人生が更に豊かになることを願っています。

【引用・参考文献】
唯川恵(2001)『「さよなら」が知ってるたくさんのこと』新潮社

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